理論は、似た言葉と並べられたときに、もっとも誤解されやすくなります。
同じ方向を向いていることと、同じ場所に立っていることは、別です。この研究ノートでは、共感翻訳と他理論のあいだにある「優劣ではない境界線」を整理します。
比較の前提:共感翻訳は「上位理論」ではない
最初に明確にしておきたい点があります。共感翻訳は、他理論を統合するための万能理論でも、既存理論を置き換える枠組みでもありません。
共感翻訳は、既存理論が機能しにくくなる“境目”を扱う視点です。比較の目的は、どれが優れているかを決めることではなく、どこから役割が変わるのかを見極めることにあります。
共感翻訳と「共感」
共感は、他者の感情に寄り添い、気持ちを感じ取ろうとする「近づく行為」です。対して、共感翻訳は「並べ直す行為」です。
- ・なぜその感情が生まれたのか
- ・何を守ろうとした感情なのか
- ・どの評価軸から立ち上がったのか
共感が成立しても、構造が翻訳されていなければ、関係は再びすれ違うことがあります。
共感翻訳と「傾聴」
傾聴が「そのまま受け取ること」で安心を生むのに対し、共感翻訳は意味の配置を整理する段階へ進みます。
語られたこと、語られなかったこと、背後にある前提や願い。
それらを構造として扱う点に、境界線があります。
傾聴を否定するのではなく、傾聴という土台の上に立って、意味の地図を書き起こすのが翻訳の役割です。
共感翻訳と「対話理論」
対話は「往復運動」を重視しますが、共感翻訳は「対話が成立しない地点」を扱います。
問いが立たない、言葉が出てこない、話し合う前に関係が歪んでいる……。
こうした場面において、対話の前段階として意味が交差できる最低限の地図を整えるのが共感翻訳の試みです。
共感翻訳と「支援理論」
支援理論が困難の軽減という「明確な役割」を持つのに対し、共感翻訳は「何を支援と感じるか以前の層」を扱います。
なぜ支援が届かないのか、どこで意味のズレが生じているのか。支援という行為が機能するための前提条件を整える視点であり、支援の代替ではありません。
境界線があるから、理論は共存できる
共感翻訳は、他理論を置き換えるものではなく、それらのあいだに生じるズレを扱う理論です。
境界線を引くことは、排除ではありません。むしろ、それぞれの理論が最も力を発揮できる場所を守るための行為なのです。
おわりに
どの理論も間違っていない。それでも、噛み合わない瞬間がある。
共感翻訳は、その瞬間にだけ、静かに立ち上がります。
他理論と競争するためではなく、言葉にならなかった違和感を扱うための視点として、この境界線を大切に守り続けていきたいと思います。

コメント