研究ノート8|「わかってもらえた気がする」だけでは足りない理由

研究ノート8|「わかってもらえた気がする」だけでは足りない理由
安心は生まれた。でも、なぜか同じ場所に戻ってしまう。その“足りなさ”の正体を、翻訳の視点から考えます。

はじめに|安心は生まれた。でも、何かが残る

前回の研究ノート7では、AIが優しくなった社会で起きている変化について書きました。

今回は、そこからもう一歩踏み込み、多くの人が感じているであろう、こんな感覚を扱います。

「たしかに、わかってもらえた気がする」
でも、なぜか心の奥は、あまり動いていない。

この感覚は、失敗でも、わがままでもありません。むしろ、とても自然な反応だと考えています。

1.「わかってもらえた」という感覚の正体

誰かに話を聞いてもらい、

  • ・否定されなかった
  • ・気持ちを言い当ててもらえた
  • ・優しい言葉を返してもらえた

そんなとき、私たちは確かに安心します。この安心は、とても大切です。支援や対話の入口として、欠かせないものでもあります。

ただ、この安心には時間的な性質があります。それは、その場では軽くなるけれど、持続しにくいという性質です。

2.安心が残らないとき、何が起きているのか

「わかってもらえたはずなのに、また同じところで悩んでしまう」

このとき、多くの人は、

  • 自分が弱いのではないか
  • ちゃんと受け取れていないのではないか

と、自分を責めてしまいがちです。

でも、問題はそこではありません。多くの場合、起きているのは、

気持ちは受け止められたが、
その気持ちが“どこにも置かれていない”状態

です。

安心は生まれた。けれど、その安心が、次の考えや行動につながる場所がなかった。だから、時間が経つと、また元の場所に戻ってしまうのです。

3.「共感」が完了してしまうとき

ここで、少し注意したい現象があります。それは、共感が「完了」してしまうということです。

「大変でしたね」「それはつらいですよね」

こうした言葉は、確かに人を救います。ただ、それで対話が終わってしまうと、気持ちは一時的に軽くなっても、

  • ・何を大切にしたかったのか
  • ・何に引っかかっていたのか
  • ・これからどう関わりたいのか

といった部分が、宙に浮いたままになります。

共感が悪いのではありません。共感だけで閉じてしまうことが、問題なのです。

4.例|親の立場で起きやすいこと

たとえば、親御さんがこんな気持ちを話したとします。

「私の関わり方が、悪いのかもしれません」

この言葉に対して、

「そんなことはありませんよ」
「十分頑張っていますよ」

と返されたとき、その場では少し救われた気持ちになります。

でも、心のどこかに、こんな感覚が残ることがあります。

「じゃあ、このモヤモヤは、何だったんだろう」

このモヤモヤは、「否定されたから」ではありません。自分の中にあった問いが、どこにも置かないまま終わってしまったからです。

5.例|支援者の立場で起きやすいこと(追加事例)

同じことは、支援者の側にも起きやすいと感じています。

たとえば、現場で利用者さん(あるいはお子さん)が不安定になり、保護者やチームから次々と相談が来る。支援者は誠実に受け止め、

「状況を整理して、次の手を考えましょう」
「気持ちは分かります。つらいですよね」

と返す。すると相手は一度落ち着きます。

けれど、数日後に同じ相談が繰り返される。支援者は、ふとこんな感覚を抱くことがあります。

「私の説明が足りないのだろうか」
「もっと分かりやすく言わないといけないのだろうか」

しかし、ここでも起きているのは「説明不足」とは限りません。むしろ、相手の不安が、相手自身の中で扱える形に整理される前に、会話が終わってしまった可能性があります。

だから、落ち着いたはずの不安が、次の場面で再び立ち上がってくる。

これは支援者の力量の話というより、「不安や願いを置く場所が、会話の中に用意されていない」ときに起きやすい構造だと考えています。

6.足りなかったのは「理解」ではなく「翻訳」

ここで一度、視点を変えてみます。

足りなかったのは、「理解」や「共感」そのものではありません。足りなかったのは、

その人の気持ちが、自分の中で扱える形に
“翻訳”されるプロセス

だったのではないでしょうか。

  • ・なぜ、そう感じたのか
  • ・何と比べて、そう思ったのか
  • ・本当は、何を大切にしたかったのか

これらが少しずつ言葉になり、自分の中で整理されていく。その過程があってはじめて、安心は「残るもの」になります。

7.共感翻訳が目指していること

共感翻訳は、「わかってあげる」ことをゴールにしていません。

目指しているのは、

  • その人が、自分の気持ちを置ける場所をつくること
  • 解釈を一つに決めず、選べる状態にすること
  • 安心が、次の一歩につながる形をつくること

です。

だから、すぐに答えを出しません。だから、「それでいいですよ」とも言い切りません。本人の中で意味が育つ余地を、あえて残します。

おわりに|「足りない」は、ダメなことではない

「わかってもらえた気がするのに、足りない」

その感覚は、あなたが未熟だからでも、贅沢だからでもありません。むしろ、

もっと自分の状況を、
自分の言葉で扱いたい

という、自然な欲求の表れです。

次回の研究ノートでは、この「翻訳されないまま残った解釈」が、どのように固定されてしまうのかについて、もう少し具体的に考えていこうと思います。

次回予告:研究ノート9「解釈が固定されるとき、何が起きているのか」

© Kotone共感翻訳研究所

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